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携帯電話革新時代

たまたま見付けたので初めて今週のお題「平成を振り返る」について書いてみます。

ラテとユイです^^

 

私はぎりぎり平成生まれではないけど、平成こそ私の濃い?人生が詰まってるはず。

 

そこでふと平成を振り返って考えてみたところ、

私にとってはやっぱり携帯電話が一番身近に変化した印象があるなぁと感じました。

 

小学生の時、当時のお小遣いで買ったSPEEDのCDを

家に帰って一生懸命カセットテープに録音して、次の日学校で友達と聞きながら踊りを真似してた私。

その一方で、塾などに通ってる少数の子がPHS(ピッチ)を持っててなんかカッコいい!って尊敬のまなざしで見てましたね。

 

そして中学生になるとカセットテープからMDに代わり、小さいのに録音できる時間も長くなりましたよね。

この年頃になると周りでもPHS含む携帯電話を持ち出す子が増加。

AメールやらPメッセージやら、当時は同じメール形式同士じゃないとメッセージの交換ができなかったんですよね。。センター問い合わせしないと受信メッセージが確認できなかったり。

この時期にDocomoの携帯を持ってる子は私にとって”お金持ち”、”お嬢様”なイメージしかなかったですww

余談なんですが、光るアンテナとかすっごい流行ってたなー。もう今はアンテナ自体が懐かしいですねw

 

高校に入る頃にはもう携帯電話を持ってない子は周りにいない位になってましたね。

私も高校受験に合格したお祝いで両親に初めての携帯電話を買ってもらいました。もちろん形はパカパカする細長いやつ。いわゆるガラケーです。

ストラップもじゃらじゃら付けて携帯自体よりストラップの方が重いんじゃないかみたいな。

そしてこの時期くらいだったかな?写真を携帯メールで送れるいわゆる写メールがでてきたの。

 

また余談なんですが、家の家族は昔から今のSoftbank社を利用してるんですけど、この平成の間に J-Phone → Vodafone → Softabnk  と次々に社名が変更されてますね。

 

そう言えば大学時代にSoftbankショップで携帯を修理に出したら

まさかのVodafoneマークが付いてる代替機を渡されたことがありましたw

 

大学生の時に確かApple社から初代iPhoneの発売が発表。

そして初めての日本上陸時には東京のSoftbankショップにめちゃめちゃ人が並んでるってゆーニュース映像を見てた記憶があります。

当時タッチパネルは確かもうすごい画期的ですよね。

だいぶ画面が大きくはなってきてたけど、私もまだガラケー使用者でした。

そしてちなみに父親の携帯はテレビが見れるものでした。

 

社会人になる頃にはiPodで音楽を聴いてる人がほとんどでしたが

それでもまだiPhoneを持ってる人はあまり見なかったような気がします。

 

カナダに来て3年後位からかな?周りでiPhoneやスマホ持ってる人をよく見るようになりました。

特にカナダ(北米)人は携帯といえばiPhoneみたいなイメージ。

もう新しい機種が発売される度にiPhoneユーザーが増えていってる感じでしたね。ちなみに私はiPhone5が初めてのApple携帯デビューです^^;

 

あと、数年前カナダの携帯電話会社で働いていた時にしみじみ思ったのは、やっぱり日本の携帯電話会社ってホントに変わったな。

私の時は”SIMロック解除”なんて言葉も考えもなかったし、ましてや”格安SIM"なんて選択は存在してなかったんですもん。

海外に留学したりする人も増えたからか”番号保管サービス”なんてものまで。

本体機能だけじゃなく、いろんなサービスまでもが大きく変化してるんだなと感じました。

 

今や携帯ひとつで何でもできちゃう環境が当たり前だけど

やっぱりこの平成という一つの時代のなかでこんなに多くの革新があったってゆーのは平成の大きな特徴なんじゃないかなぁと思います。

 

長くなりましたが、最後まで読んでいただきありがとうございます。

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今週のお題「平成を振り返る」